×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



ラムネクラブ RamuneClub

  第二話 小さな期待が、彼女を動かす



  義里カズ






 私がラムネクラブに入った理由はいろいろあるのだけれど、その一つに「気分転換」がある。

 進学校の高校二年の夏というのはこれで案外忙しいものだ。夏期講習に進路への不安、なによりもバタバタした生活。三年生に近づくにつれて、受験への恐怖が近づいてくると、クラスにはどんどんストレスがたまってくる。私もその例外ではなかった。

 そんな大変な夏休みにおいて、ただ涼しい場所に座ってお喋りしながらラムネを飲むというのは、すごく清々しくて気分転換になる。初めに引っ張り込まれたときには予想もしなかったことだけれど、ラムネクラブは私にとって、とても居心地がいい場所になった。

 だから私は、今日もベンチに座ってラムネを飲んでいる。



 私の学校では、夏休みの夏期講習はなんと週五日も開かれている。基本的には、受験を控えた高校三年生の先輩たちに対して講習が開催されていて、その一部に私たち二年生が参加できるようなシステム。なぜ一部なのかといえば、講習は二年生がまだ習っていない部分も含むからだ。とはいえ、さすがに大学進学希望者向けなので結構レベルは高い。中には講習の内容がいつもの授業の内容も越すこともある。

 その夏期講習は土曜日もあったりする。午前中だけの開催だけれど、本来休みの日に学校に通うというのはとてもモチベーションが下がる。ましてやここ数日は晴れの天気が続き、気温がぐんぐん上がる。講習が終わる頃には教室の大部分にも日光が入り込み、私たち二年生は大半がへばっていた。先生方にはもう少し私たちに対する優しさも持ち合わせて欲しいものだ。

 その日の午後、私とカナはいつも通り、駄菓子屋「ケヤキ」に来てラムネを買う。「ケヤキ」の店の前にあるベンチは、その建物のおかげで日陰になっており、おかげでいつもここに居座ってラムネを飲むのが私たちの夏休みの習慣になっていた。それをカナは「ラムネクラブ」と呼んでいる。クラブとはいえ活動らしき活動はほとんどしていないのだけれど。

 今日もかなり暑い。昼前でこれなら、午後はかなり気温が上がるだろう。「ケヤキ」に入ると、コンビニのように冷房が効いていたので私はほっとした。

「いらっしゃい、お二人さん」

 駄菓子屋「ケヤキ」の主、おばちゃんがレジの横に座っている。店の中は、いつも通り客が一人もいない。もちろん失礼だから口には出さないけど。

 私の隣にいるショートカット少女、カナはふざけて言った。

「おばちゃん、そろそろあたしたちをバイトで雇ってください!」

「そんなことしてもバイト代払えないよ、こんな小さな店じゃあ」

 確かに、と言おうとしてやめる。危ない危ない。どうしても私は、カナのようにジョークを言えず、なにかウイットのようになってしまう。カナには場を明るくする力があるから、この場は任せるべきだろう。

 お菓子コーナーを見る私を尻目に、カナはおばちゃんとお喋りを続ける。

「バイト代ですか? じゃあ、賃金は全部ラムネでいいですよ」

「それじゃあ逆に沢山ラムネ渡さなきゃいけなくなるよ」

「大丈夫です、あたしたち毎日飲みますから」

「佳奈(カナ)ちゃん、前から思っていたけど、お二人さんともラムネ飲みすぎだよ。まあそのおかげで、この店は経営していけるんだけどさ」

 おばちゃんはカラカラと笑った。なるほど、私たちが売り上げに貢献しているならば、バイトは当然無理だろう。



 先にラムネだけ買って外のベンチに座る。バッグから自作のサンドイッチを取り出した。午前の課外講習は正午近くに終わるので、昼食は自由になっている。そのまま教室で食べる人もいれば、部活動に移動して部室で食べる人もいるし、真っ直ぐ帰宅する人もいる。私たちはここのベンチで食べるのが習慣になってきたので、今日は朝に作っておいた。さすがにラムネとサンドイッチは合わないかな、と思ってまずはサンドイッチの方から食べ始めることにする。

 しばらくしてカナも出てきた。すごい荷物だ。右肩に小さなバッグ、右手にラムネ、そして左手にカップラーメンと割り箸。どうやらおばちゃんにお湯を沸かしてもらったらしい。女の子が人前でカップラーメンというのもどうかと思わないこともないけれど、カナなら不思議と違和感がない。……ていうかこの暑い日にカップラーメンとは。

「カナ、それ見てるだけであついんだけれど」

 「あつい」という語は、「熱い」上に「暑苦しい」という掛け言葉のつもりだったけれど、カナの方は分かってないなあという風に首を振った。

「あのねライカ、この熱いラーメンを食べたあとに飲むラムネっていうのが最高なんじゃない」

 はあ、なるほど。さすがラムネクラブの創立者藤島佳奈(カナ)、私とはラムネにかける熱意が違う。

 ラムネクラブ。ただ夏休みにラムネを飲むための集まり。ここに通えば通うほど、このクラブの理由も意義も分からなくなってくる。まあ真っ直ぐ家に帰って勉強、というのもどうかと思うのだけれど。

 しばらく無言でお昼を食べる。カップラーメンを食べているカナは、途中でラムネの栓を開けた。どうやら熱さに耐えられなかったようだ。こくこくとラムネを飲み、カナは話し出す。

「そういえば、最近出掛けてないなあ」

「そうね」

 言いたいことはわかる。課外講習は週五日も入っているので、最近はほぼ学校と家の往復になっているのだ。遊びに行く気になれば行けないこともないけれど、私たちは律儀に課外講習に通っていた。

 私はサンドイッチを食べ終わり、ラムネを開ける。

「やっと明日、三日ぶりの休みだものね」

 課外講習の休みは日曜日と水曜日。とうとう明日は完全休業日だ。カナは少し考える素振りを見せてから言った。

「ねえライカ、明日は暇?」

「まあ日曜日だから課外もないし、特に予定も入ってないけど」

「じゃあ買い物でも行かない? あたし買いたいものがいっぱいあるんだよね」

 カナがわたしを誘うのは結構珍しいことだけど、買い物というのも気分転換にはいいだろう。

「いいよ。駅前?」

「うん、九時ぐらいでどう?」

「オーケー」

 せっかくの買い物だし、この暑さの対策になるものでも買うことにしよう。わたしは明日の予定を考えながら、ラムネを飲み干した。






 いつも思うのだけれど、カナはとても正義感が強い。

 正義感というか、やさしさというか、少し表現が難しいのだけれど。

 例えば、困っている人がいるとすぐに助ける。電車ではすぐに席を譲るし、沢山の荷物を持ったお年寄りがいれば手伝ってあげ、迷子の子供がいたら行き先まで連れて行く。

 カナの明るい性格と相まって、その相手は安心してその申し出を受け、最後にはお礼を言う。ところがカナの方といえば、いつもの固めたような笑顔のまま特に得意がることもなく、

「いえ、自分のためですから」

 といつも言う。なぜカナが自分のためというのか、私にはよく分からない。ただ、カナのそれらの行為は、「やさしさ」という一言では表現しづらいような気がする。私の拙い語彙力でそれを表すのは難しく、とりあえずそれを私は「正義感」と呼ぶことにした。私のイメージでは、おそらくカナが持つ「正義」のような何かの定義があって、それにしたがって彼女はいつも動いている、そんな印象を受ける。だから、彼女を表現するのに、「積極的」という言葉は使えても、「猪突猛進」というのは使えない。ただ流されて動いているように見えて、実は何らかの考えによって行動を決めている。私から見れば、そんな姿はとても不可解なものだ。彼女はどんな理由で、自分の行動を決めているのだろう。そのうち、カナにその理由を聞く機会があるかもしれないので、そのときにとっておこう、と思っている。



 翌日、日曜日。カナとの約束通り、買い物に行くことになった。

 待ち合わせ場所は、駅にあるステンドグラス前。ここは、待ち合わせのポイントとして有名で、いつも駅の入り口横に飾られた大きなステンドグラスの前に多くの人が立っている。まあ、女子高生二人がここで待ち合わせというのも味気ないものだけれど。

 駅は人でごった返していた。ましてや今日は日曜日なので、駅の構内のみならず駅前の通りにも沢山の人が歩いていた。人混みを縫うようにして私は駅の入り口に向かった。

 約束の九時には間に合うように来たのだけれど、目的のステンドグラス前にカナはいなかった。珍しいことだ。カナはアクティブな性格のあまり時間にはうるさく、こういう待ち合わせに遅れたことがない。何かあったのか、メールでもしようかなと思ったところで、ステンドグラスの近く、駅によくあるお土産屋さんの前で薄桃色のTシャツを着たカナの姿を見つけた。

 近づいてみると、なにやら誰かと話している。小さなリュックを肩にかけた、青い目の女性だ。欧米あたりの人だろうか。右手に持っているのはなにやら地図のような二つ折りの紙。それをカナと二人して指差しあって話をしているので、私にも何をしているか想像できた。どうやら、道に迷った外国人の女性のことをカナが助けているらしい。カナは簡単な英語と手振りでなにやら説明をしていた。やがて女性のほうが納得した様子、笑顔でうなずく。私にかろうじて聞き取れたのは、

"Thanks a lot !"

という一文ぐらいだった。でも、彼女が話す雰囲気からものすごく感謝していることは私にも分かった。それに対しカナはいつもの笑顔をしたままに宣言する。

「自分のためですから!」

 その言葉は日本語だったので、おそらく外国人の彼女には伝わらなかっただろう。女性は挨拶だと勘違いしたのか、別れの挨拶をして駅の外へと去っていった。

 駅の入り口を見つめ、私に背を向けているカナに声をかける。

「……カナ」

 くるりと振り向く。呼んだのが私だと分かると、すぐにいつもの笑顔になった。

「……あらあらライカさん、いったいどうしたのかな?」

 え、口調が変わってる。

「何わけの分からないことを言っているのよ、ていうか待ち合わせの場所にいないなんて随分じゃない」

「ごめんごめん、いろいろとあって」

「また人助け? あんたもよくやるわね」

 からかいとほんの少しの呆れを加えて言うと、カナは突然右方、駅の入り口のほうを見つめ、ぼそりとつぶやく。

「……違うの、自分のためなのよ」

 その台詞と何かを見つめる目に、私はまたいつもの違和感を覚えた。

 ああ。……その眼だ。

 人助け大好き少女、藤島カナはたまにそういう眼をする。どこも見ていないようで何か深いところをじっと見つめるような黒い瞳。いつもの雰囲気との違いに、少し怯む。彼女がたまに言う「自分のため」という意味不明の言葉とともに、その目は私に疑念を膨らませる。

「さあ、まずはどの店を回ろうか!」

 すぐにいつもの太陽のような笑みに戻り話し出すカナに対し、私は苦い顔をして、疑問を投げかけたくてたまらなくなる。いつも訊こうと思いながら訊けない、その質問を。

 ――カナ、あんたは人助けをするとき、どんなことを考えているの?



 そんなこんなで、買い物。

 さっきの不穏な雰囲気は何のその、最近の受験勉強でたまったストレスを発散するように、私たちは駅前通の店を回りまくった。服屋さんに始まり、アクセサリーショップ、インテリア、果ては本屋さんまで。私もカナも、本はかなり読むほうで、意外とジャンルの趣味も合う。人の性格と本の趣味は案外違うもので、カナは一般小説の硬いほうが好きらしい。本屋さんを一緒に回る友達というのもなかなかいいものだ。

 お昼は軽くファーストフードでとることにする。カナがチーズバーガーにかぶりついたあとでこんなことを言った。

「ねえライカ、今度は『フローライト』に行かない?」

 『フローライト』とは、駅からちょっと離れたところにある店の名前だ。パステルカラーの建物に、女の子用の小物が所狭しと揃えられている。そういえば小物の店はまだ行っていなかった。

「いいけど、大丈夫なの? その荷物」

 私はカナの横にある紙袋を見た。カナは今日かなりの量の服を買っていて、荷物が多くなっている。ところが雑貨屋『フローライト』はここからしばらく歩くことになるのだ。バスや駅もないから、その大荷物で歩くのはちょっと酷だろう。わたしはフライドポテトの最後の一本をとる。

「というかカナ、今日買いすぎなのよ。しかもさっきのチュニック、すごく高かったでしょう。もうお金残ってないんじゃないの」

「まだ大丈夫。最近お小遣いの使い道もなかったし。この夏休みは勉強頑張ってたから、その分買い物で発散ってことで。オンナノコが高い買い物をするのは、自分ががんばった証なんだから」

 ふうん、そんなものかなあ。明確な目的がない私にとっては、がんばった自分というのも想像できない。私は紙ナプキンをくしゃりと丸めてからバッグを取った。

「じゃあ、行きますか」



 雑貨屋『フローライト』に来るたびに、私には合わない店だなあと思う。ピンクや白で彩られた店内。コスメやビーズアクセなどの見に着ける商品から、女の子がよく使っている文房具までが並ぶ。すごくメルヘンな店だ。しかも、『フローライト』の隣には、ケーキやお菓子を売っているスイーツの店『ALL IN』が繋がっていて、両方の店内を移動できるようになっている。『ALL IN』の方も、女の子に人気のスイーツばかり売っており、店内でケーキが食べられるサービスも相まって、女子高生の一部には悪魔のような店の一つになっている。

 ガラスのドアを押すと、棚に綺麗に並べられた数多の商品と、壁に貼られたいろいろなポスターが出迎えてきた。……このような「可愛い」雰囲気に囲まれると、なんというか、気恥ずかしいような気持ちになる。

 すぐに店内に突っ込んでいくカナとは別に、入り口近くの四角い箱に立てられたすごい量のボールペンを見るともなしに見ていると、背後から声をかけられた。

「あれ、来夏(ライカ)じゃないっすか」

 綺麗なソプラノの声色とその口調から、私の知っている人だと分かる。振り返ると予想通り、私の後ろに立っていたのは旧友、真鶴藍(あい)だった。

「来夏もこんな店来るなんて、意外っす」

「それはあんたもそうでしょう、藍。久しぶりね」

 藍は私と中学生時代からの同級生だ。私よりは小さいがすらりとした背に、肩下まで伸びた長いワンレングス。最近では珍しいその御髪の上の方には大きな髪留めが二つ付いている。今日の装いはピンクのTシャツに白のタンクトップを重ね着し、下は短く切ったジーンズだ。服装こそ明るいが、性格はかなりクールな方で、私とはよく馬が合った。高校になって文理選択が分かれてからはあまり付き合うこともなかったけれど。

「あんたも買い物?」

「いやいや、バイトっすよ、週二で入ってて」

「バイト? どこの?」

「いやいや、ここの」

 藍は下を指差す。……え、それって。

「『フローライト』? あんたここでバイトしてるの? ていうか課外はどうしたのよ」

「アタシはそんなに勉強しなくてもいいんで。……というか、ここでバイトしてなかったら、こんな服着てないっすよ」

 藍は苦笑して自分のタンクトップの腰のほうをつまむ。確かにその服は少し合わない気がした。ていうか私服でいいのか、ここのバイトは。

「アタシと違って来夏は国公立希望だから、課外講習はほぼ毎日っすよね。今日は一人で買い物っすか?」

「いや、カナと一緒」

「カナ? ……ああ、藤島さん。へえ、珍しいですね。仲良いんすか?」

「まあ、付き合い始めたのは最近だけどね」

 やはり藍は私と性格が近いのか、すぐに見抜いてくる。私たちのタイプは目立たず騒がず、温度の低いところで一定している感じなので、カナと一緒にいるのは珍しいのだろう。私自身そう思っている。長くなるので、カナとの出会いの辺りは話さないで置くけれど。

 と、噂をすれば、カナがこっちに近づいてきた。店の装飾と同じピンク色の買い物袋を見ると、買い物は終えたらしい。藍に気づいたようで、びっくりした目をする。

「あれ? えっと、藍ちゃんだっけ」

「ども、藤島さん。来夏がお世話になってます」

 お母さんか。私は肩が痛くなり、バッグを持ち替える。

「二人は面識あったっけ?」

 カナは頷く。

「うーんと、一年の時の委員会で少し仕事したよね」

「そっすね。……藤島さんも課外講習受けてるんすよね? 大変だなあ。アタシはここでバイトの毎日っす」

「え、ここでバイトしてるの?」

 カナの反応が私と同じで笑った。やっぱりイメージ合わないわよ、藍。

 と、藍がニヤッと笑って言った。

「立ち話もなんですし、アタシもバイト終わりましたから、そっちでなんか飲みません?」

 まあ、私は別に良いけど。

「うん、いいよー」

 カナも頷いた。

「じゃ、行きましょう。……お二人、頭良いっすよね? 聞いてほしい話があるんです」

 つるんでいると分かるが、藍はいつも急に話が飛ぶ。顔を見ると、ほんの少し真面目で疑問を浮かべた顔になっていた。

「不思議なことがあるんすよ、最近」






「『フローライト』にですね、いつも不思議な女の子が来るんす」

 スイーツショップ『ALL IN』のボックス席に座り、アイスコーヒーにシロップを入れながら藍が切り出した。

 『ALL IN』の店内は薄いオレンジ色で統一され、入り口のほうにテイクアウトの客用にショーウインドウ。奥はテーブル席とボックス席が並ぶ。当然、ケーキを買って店内で食べることも可能だし、店でしか食べられない商品もあったりする。

 私は店内限定販売のバニラアイスが持つシンプルさと涼しさに惹かれ、それを頼んだ。カナの方はといえば、ドリンクの欄に「サイダー」があることに歓喜していた。その様子から、ラムネを飲みたかったところをサイダーで妥協したというカナの考えがありありと分かった。さすがラムネクラブ、と言いたい所だけれど、さすがにこの店にラムネはないだろう。

 藍はストローでアイスコーヒーをカラカラとかき回し、

「見た目は小学校六年生くらいの女の子なんすけど。アタシがバイト入っている日に、ほとんど必ず『フローライト』に来るんす」

 藍の説明によると、その女の子は最近かなりの頻度で『フローライト』に現れるらしい。ところが、何かを買い集めたりしているというのではないらしく、女の子は店内を一通り見てから何も買わずに帰っていく、という行動を毎回繰り返しているとのことだった。

「他のバイトの人にも訊いたら、やっぱり最近その女の子はよく目撃されているらしいっす」

「可愛い物好きの女の子、とか」

「それだったら何も買わないのはおかしいじゃないっすか。……あ、でも」

 藍はなにやら思い出したように付け加える。

「今週の金曜日、その女の子のことを観察していたら、こっちの『ALL IN』のほうに移動して、高そうなケーキを買ってたっすね。初めてですよ、あの子が買い物していたのを見るのは」

 ふうん。なにやら面倒くさそうな話だ、と思う。カナのほうも気になるのか、ふむふむと考え込むようにして聞いていた。

 藍は私たちのほうを見る。

「どうです? お二人、どうしてこの女の子は『フローライト』に来るんだと思います?」

 その疑問調の台詞に、ちょっと興味がわいてきてしまった。藍にのせられたような気もしないでもないけれど、私は少し考えてみることにした。



 まずは藍に尋ねる。

「店の商品がなくなっている、って可能性はないの?」

 まず真っ先に考えるのは万引きという線だ。何度も店の中をうろついているのは下見。何も買わずに帰っていく、というのも納得できる。

「それなんすよね、アタシ達が心配しているのは。でも高い商品は無くなっていないらしいですし、それほど怪しい動きってのもしてないんすよ。いつも一人でいるから、万引き犯にありがちな仲間とかもいないようで」

「具体的に、その子は店の中でどんな行動をとっているの?」

「うーんと、まず壁際の方から棚とかポスターとか見回って、そこから文房具コーナーとか。あんまりアクセとかには興味が無いみたいで適当に通り過ぎていって、なんか落ち込んだように肩を落として帰っていく、ってのが常ですかね」

 私がアイスを口に運ぶ間に、今度はカナが呟く。

「……ありそうな可能性としては、欲しい商品があってそれを見に来ている、ってのがあるよね。お小遣いが足りなくて買えないけどものすごく欲しい物とか、限定でここでしか買えない物とか。その商品が値下げするのを待っているかもしれないし」

「なんかそれも怪しい感じっす。その子、あんま商品に触らないんすよ。だから万引きの可能性も薄いって考えたんすけど」

 藍の言葉に私も付け加える。

「それに、『最近ケーキを買った』っていう事実が、その子がお金を持っていないという可能性も消しているのよ。憧れの商品があるなら、それを差し置いてケーキなんか買うわけがないし」

「あ、そうだねえ」

 カナはすぐに考え込んで言う。。

「店の人に好きな人ができたとか」

 またロマンチックな。案の定、すぐに藍が否定する。

「店員はみんな女性っす。まあこんな店じゃ当然ですよね」

「だよねえ」

 カナはまた考え始める。藍のほうも微妙な顔でコーヒーを口にしている。

 店によく現れる女の子。買いたいものがあるわけでもなく、何か企んでいるわけでもない……

 私は一旦目をつぶり、すぐに開ける。

「問題がおかしいのよ」

「……ライカ?」

「こういうことを考えるときは話を整理しないと。そうじゃないと、その子の立場になって考えることができないから」

「……やる気みたいっすね、来夏」

 茶化さないで欲しい。せっかくあんたの問題を解決しようとしているのに。まあ、自分のパズル好きの性格のせいだ、というのもあるけれど。

 とりあえず、これは考える価値がありそうだ。



「まず、その子がここに来るのは何でだと思う?」

「……え? だから、それを話し合っているんじゃないの?」

「違うわ、もっと大きな意味でよ。その子が『フローライト』に来るのは、その店の「何か」に用があるから。それが、来る理由になる」

 私は座ったままフローライトのほうを見る。おそらく店の中に答えがある。じっと観察してみた。

 店の入り口には売れ筋商品。ノートやサンダルなど。店舗は大きく左右で分けられる。まず、右側の壁にはポスターが貼ってあった。「夏のコスメ新作特集!」「よく書けるゲルインキボールペン」「文房具の思い出エッセイ結果発表」「音楽プレイヤーはここまで来た」等々。前に来たときと違っているところから、かなり頻繁に張り替えられているらしい。

 その壁の隣から並ぶ棚には、基本的にステーショナリーのカテゴリのようだ。ペン各種、ノートやレポート用紙、ファイルに下敷きに定規、果ては一度も使ったことが無いような道具までが並んでいた。

 ステーショナリーを過ぎると店舗の左側、アクセサリーのコーナー。ミサンガなんかが自作できるよう、紐やビーズなんかもおいてある。そこからメイクの道具が展示されているボックスや鏡のコーナーなどなど、ざっと見ただけで色々な物がこの店にあることが分かる。店員はよく把握できるものだ。

 この中に、その女の子が目当てのものがあるとすると、どれになるのだろう。私は考え始めて、すぐに間違いに気づいた。

 ……そうだ、目当ては商品じゃない。

 さっきそれは考えたことだ。商品が欲しいならば、『ALL IN』の方でケーキなんか買ったりしない。逆にケーキが欲しいならば、雑貨ばかり売っている『フローライト』のほうをうろつく必要もなし。そうだ。この女の子の何が違和感になっているかといえば、「店に来ているのに商品を買わずに帰る」というところだ。それなのに彼女の用事が商品にあるということは、おそらく無い。

 じゃあ、なんだろうか。店員? しかし意中の人という線はなさそうだし、知り合いがいるというならバイトの藍に説明があってもよい。もう少し視野を広く考えてみる。建物自体に興味があったとしたら。いや、それなら店の外をうろつくような行動もとっていてもおかしくない。

すっと、もう一度店舗を見る。可能性が薄い物を消していく。……ふうん。

ひとつ、可能性を思いつく。

 おそらくこの質問が、解決へを導いてくれるだろう。



「藍、ひとつ質問してもいい?」

「なんすか来夏? なんか思いつきましたか」

「『フローライト』の店内って、頻繁に模様替えしたりする?」

 藍は首をかしげる。

「改装っすか? 大幅な商品配置の変更なんかはほとんどしないっすけど、売れ筋商品の手前出しとかPOPの張替えとかはかなりの頻度でやりますね」

「あそこの壁に貼ってあるポスターとかは」

「ああ、あれは先週やりましたね。なんか新しいポスターが沢山届いたので」

 それだ。それが聞きたかった。

 私の顔を見て、カナが笑う。

「さあ答えを聞かせてくれましょうか、ライカさん」

 相変わらず私は顔に出るらしい。にやけている、というわけでもないのだろうけど。

「答えかどうかは分からないけど。ひとつの可能性は、そのポスターよ」

 『フローライト』の壁、ポスターが貼られたところを指差す。その一枚、「文房具の思い出エッセイ結果発表」。改めてよく見てみる。上のほうにノートとペンの写真があり、その下には最優秀賞、優秀賞、その他受賞者の名前が書いてある。

……店の中でその子に用がないであろう物を頭の中で消していくと、残ったものはこのポスターぐらいしかない。おそらく、これが答えだ。

 私は考えた仮説を話しだす。

「その子は、そこに貼ってある『文房具の思い出エッセイ』に応募したのよ。それで、どうしても結果が気になって仕方がなかった。まだ小学生だから、インターネットもおそらく満足に使えなかったんでしょう。一番初めに結果発表を見ることができるのが、この店だったのよ」

 小学生でもインターネットは使える子はいるのだろうけど、おそらくその子は使えなかった。だから、ポスターが張り替えられることを期待して、頻繁にこの『フローライト』に来ていたのだ。

「でも、何で『フローライト』なんすか? 文房具の思い出エッセイのポスターなんて、他の文房具店なんかにもありそうなものっすけど」

「今そこに結果発表が貼ってあるってことは、おそらくエッセイの応募要項を知ったのも、『フローライト』に貼られたポスターだったんでしょうね。だから、その子はこの店のポスターが頻繁に貼りかえられていることを覚え、期待してここに通いつめていたのよ」

 その子はどれほどこの賞が欲しかったのだろう。毎回この店に来ては、ポスターが張り替えられていないことにがっかりし、何も買わずに帰っていく。その姿をバイト店員が見れば、「落ち込んだように肩を落として」帰っていくように見えただろう。当選していないと分かった時よりも、当選したかどうか分からない宙ぶらりんの時のほうが追い詰められ方は激しいものだ。

 横を見ると、カナはポスターをじっと見つめている。

「……最優秀賞の商品、『海外家族旅行四泊五日』って書いてあるね。もしかしたら、家族にプレゼントするつもりだったのかもしれないな」

 その女の子は、どうしても家族旅行をしたかったのだろうか。そこまでは、その子に聞いてみないと分からないけど。

 やがて、藍がしんみりしたように呟く。

「なるほど。……なんか悪い気がしてきました。その子を不審な目で見ていたアタシたちが」

「まあ、その子も自分の行動がどう見られるかまでは気が回っていなかったんでしょう」

 おそらくこの結果発表が張り出されたのだから、もうその子は来なくなるだろう。店の商品にもまだ興味はないみたいだし。

 ここまで言ってしまうのもどうかと思いながら、私は続けた。

「その子が当選したかどうかは、分からないままだけどね」

 ああ、やはり私はだめだ。物事を冷たい目で見てしまう。テーブルに、静かな空気が下りてきた気がする。こんな時、カナならすぐにこの雰囲気を変えられることができるのに。



 と、突然カナがサイダーのコップを置いた。中の小さな氷が音を立てる。

 いつもの硬い笑顔とは違う、それだけで人を救えるような、微笑。

「あたしは、その子が最優秀賞を受賞したと思う!」

 急なカナの宣言。私はカナのその言葉に、内心で圧倒されていた。一瞬で周りの空気をひっくり返す、その力。まっすぐで揺らがない、彼女の心。……これがカナにあって、私にない力だな、と思った。

 何もいえない私を置いて、藍のほうは首をかしげる。

「どうしてそう思います? 年齢も書いてないようですし、名前からは判断できないっすよ」

 藍の言葉にもカナは屈しない。ニコニコと笑いながら、言う。

「藍ちゃん、その子が金曜日にケーキを買ったって言ったじゃない。たぶんそれが、最優秀賞当選のお祝いだったのよ」

 私の冷たい心から見れば、何の根拠もない言葉。まあそれを言えば、私の仮説だって当たっているとは限らない。でもカナのその言葉には、信じさせてくれるような「何か」を含んでいた。

 カナは先刻、ファーストフード店で言った言葉を持ち出す。

「オンナノコが高い買い物をするのは、自分ががんばった証なんだから」 

 その子を祝福するようなその言葉に、そして、その言葉を紡ぎだせることができるカナに、私は心の底から憧れの気持ちを抱いていた。


第二話 おわり




INDEX

第一話 静かな声音が、その場に響く
第二話 小さな期待が、その子を動かす
第三話 健気な言葉が、手紙に現る
第四話 数奇な対面が、全てを始める
第五話 苛烈な降雨が、虚像を暴く
第六話 二つの事件が、過去から交わる
第七話 一つの推理が、未来に導く


INFORMATION
AERIAL FUTURE(義里カズ公式):http://aerial.kitunebi.com/
 活動報告、プロジェクト、短編掲載など。

□メールはご自由にどうぞ。感想、Projectsに関する意見などもお待ちしています。
こちらまで。





この小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

本ページの文章コンテンツの著作権は義里カズに帰属します。無断で複製、配布等することは法律で禁止されています。