×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



絵にかいた日々

 Picture Perfect




 義里カズ



(2008/11 公開)



・perfect picture【形+名】完璧な写真。
・picture perfect【形】絵に描いたような。




 未来を知ることは不可能だ、という話を前に聞いた。
 もし、地球上の原子の動きを完全に測定できるコンピューターがあったとしても、それらの動きを完全に予測するのは不可能だ、とのことだった。量子力学の不確定性原理とか、専門用語を使われていまいち理解はできなかったけれど、どうやらそれは科学的に証明されている。
 でも、自分たち人間はそんなこと考える前に、未来予知が不可能であることを理解している気がするのだ。
 この世界で生きていれば、すぐ先の未来だってどうなるか分からないし、ありえない偶然だって世の中で溢れるほど起きている。それ以前に、未来を知るようなシステムがないことは、生活のうえでいつの間にか納得してしまっている。
 「もし、未来を知ることができたなら」
 それは誰しも考えることであり、今では小説などでそれらを題材にしたものが沢山でている。僕もそういうのが好きでよく読んでいたが、たぶん、それを読んでいる人全員が、この物語が空想であることを心の中で理解している。もちろん、僕もその一人なのかもしれない。いや、たぶんそうなのだ。
 だからこそ、そんな僕が「未来を写すカメラ」に関わることになるとは思いもしなかったのだ。





「おい市川、呼んでるぞ」
 水無月の初め、六月一日。帰りのホームルームが終わり、座ったまま帰りの準備を進めている時、隣の友人が声をかけてきた。
「なに?」
 聞き返すと、友人は戸のほうを指差す。
「なんか用があるらしい」
 適当な部活動に所属していない僕としては、すぐに荷物を持って下駄箱に直行したいところだったが、誰かに呼び出しされているのを無視するわけにもいかず、立ち上がって戸に向かった。
 特に呼び出しされる心当たりは無い。教員とかだったら嫌だなと、廊下に出ると、そこには一人の女の子がいた。
「祥くん、久しぶり」
 セミロングの髪を無造作に垂らし、目がぱっちりとしていて、綺麗というよりはかわいいという感じがする。知っている人というか、去年同じクラスだった。確か名前は、
「二階堂さん、だっけ」
 苗字を呼ぶと、にっこりと笑う。
 二階堂雷花。二年一組だったような。
「ちょっと、祥くんに聞きたいことがあって。時間、いい?」
 少し苦い顔をしてしまう。性格は明るくて人懐こく、外見も悪くない彼女は、一年のときも結構人気があったが、一年間クラスメートとして過ごした感想としては、すこし苦手なタイプだった。あまり厄介ごとに巻き込まれたくない。どうにかして断れないだろうか。
「今帰ろうと思ってたんだけど」
「本当にちょっとだけなの」
 手を合わせ懇願してくる。この反応からすると、重要な話でもないようだ。逃げることにする。
「ごめん」
 断りを入れて彼女の横をすり抜けようとすると、彼女の腕が伸びてきた。掴まれるのかと思いきやそうではない。小さな手には、デジタルカメラが握られている。
「じゃあ、これ見て」
 仕方なく受け取り、画面を見る。二階堂さんが撮ったのだろうか。
「これ、僕……?」
 そこには、二階の廊下で急いで振り返ったような制服姿の男子生徒。焦ったというか驚いたような顔で、額には大粒の汗。走った後のようにも見える。
 とっさに思ったのは、こんなことは記憶にない、ということだ。
 僕は廊下で写真を取られたことなんてなかったし、こんな慌てたような顔をしたこともない。おそらく校舎内で走ったこともないはずだ。
 頭の中で疑問が渦巻いている僕に、二階堂さんが追い討ちをかける。
「日付、見て」
 よく見ると、右下に撮影した日時が表示されている。
『2008/06/02 16:21』
 それを見て、僕はさらに混乱した。今日は、六月一日。そう、これは、明日の日付だ。画面には、見知らぬ自分に、かみ合わぬ数字。
 つまり……
「どういうこと?」
 よほど間抜けな顔をしていたのか、二階堂さんは少し笑った。





 二階、資料室。職員室と西階段に挟まれたこの部屋だが、ドアに窓がなく目立たないところにあるので、正直ここに資料室があるのか分からなかった。ドアの下には、丸い文字で『写真部 部室』と書いてあり、青い線で縁取りされている。二階堂さん、写真部だったのか。
 軽い混乱状態だった僕を、二階堂さんは引っ張ってここまで連れてきた。勝手に廊下をずんずん進み、ドアを開けて中に入る。一際大きなテーブルと、いくつかの丸椅子。周りは本棚ばかりで、昔の教科書が並んでいる。唯一、右側の壁にはアルミ製のラックがあり、高そうなカメラや何葉かの写真、デジタル時計などが載っている。これが写真部用の棚だろうか。
 二階堂さんが奥に座ったので、とりあえず僕は手近な椅子を選んだ。
「最初から説明するね」
 二階堂さんが、両手でテーブルの上のデジカメを触りながら言う。一体あの写真は何なのかとか、二階堂さんが写真部なのかとかたくさん聞きたいことがあったが、あまり質問攻めにしても悪いと思うので黙っておく。
「このデジカメはね、写真部の備品。まあ備品っていっても私の独断で買ったんだけど。結構軽くて使いやすいから最近これで遊んでて、部活動の取材とかもこれでやってたの」
 写真部ってそんな仕事してたっけ、とは言わない。僕は帰宅部だ。
「で、この前部室で使ってたら、間違って落としちゃったの。幸い見た目は壊れてはないみたいだったんだけど、日付設定が1日先にずれたのが、どうも直らないみたいで。でも気にしないで使ってたら、もうひとつなんか違うの」
「違うって?」
「今、見せてあげるね」
 そういうと立ち上がり、アルミラックに近づいてカメラを向ける。その先にはデジタル時計。二階堂さんは迷うことなくシャッターを切る。そしてそれを振り返ると同時に投げてよこした。
 画面を見る。デジタル時計は時刻だけではなく日付もついている型らしい。こう写っていた。
『6月 2日 火曜日  16時 50分 33秒』
「これが、どうかしたの?」
「鈍いね、祥くん。こっちと見比べてみなさい」
 これだけで何かを察するほうが無理な気がする。二階堂さんが指差す先、本物のデジタル時計を見ると、写真と同じ姿で普通に時を刻んでいる。ただし違うのは、
6月 1日 月曜日  16時 50分 39秒 
 と表示されていること。
 日付が、ずれている。
 しかも、写真のほうが一日進んで。
「分かってくれた?」
 少しだけ優越感をにじませた表情で、二階堂さんは椅子に戻る。
「つまり、そのカメラで写真を取ると、一日後の被写体が写る、ってことよ。最初はあたしも不思議に思ったの。廊下を撮ればいないはずの人影が写るし、外を撮れば天気が違うし。それで、ためしにこのデジタル時計を撮ってみたら、分かったのよ。写っている写真は、ちょうど二十四時間後の時計だって」
「……ってことは、つまり」
 思わず呟いてしまう。教室の外で見せられた、なにやら廊下で汗を流して振り返っている僕の画像。あれは、
「あの写真は、明日の僕、ってこと?」
「大正解! ……実はさっき見せたあの写真、二十分ほど前にそこの廊下でシャッターを切ったときに写ったの。誰もいない二階の廊下、のつもりだったんだけど、誰かが写っちゃった。それが祥くん。ううん」
 一拍おいて。
「二十四時間後の、祥くんってわけ」
 …………
 言葉が出ない。
 なぜか手の平には冷や汗が滲む。
 自分の記憶にない僕の写真。それは未来の僕。
 そんなこと……
「信じられない」
 呟いた僕を見て二階堂さんは微かに笑う。また、間抜けな顔をしているのかもしれないが、取り繕う余裕もない。
 僕は昔から、本を読むのが趣味で、たくさん読破してきた。好きなのは推理小説だけど、タイムマシンを使ったようなSFなんかも何冊かは買っている。それでも、『一日後を写すカメラ』なんて、聞いたことがない。たとえ小説の中でも。
 正直言って、これが現実の出来事だとは思えない。
 僕は、二階堂さんがだましているということを考えた。デジカメの時間表示なんかはもちろん設定でずらせる。人影だって景色だって証拠にはならない。今撮ったデジタル時計だって簡単なことだ。あらかじめ一日進めた時計を撮っておけば、僕と話すとき、時間を見ていかにもそのとき偶然にこの写真を撮ったかのように演技して、その画面を表示したまま僕に渡せばドッキリ成功、だ。小学生でもできそうな仕掛け。それに、これは二階堂さんらしい。
 でも。
 あの写真。
 あの、振り返って焦っている様子の僕の姿。あれだけは、証明できない。
 僕は断言できる。僕はこの学校で、あんなことになったことはない。ましてや、それを写真に撮られたことも。あれだけは、誰であろうと仕掛けることはできない。僕に似た人を連れてくるか、特殊メイクなんかを使わない限り。
 危ない、と思った。僕は、この現実を、信じそうになっている。
「どうして僕に、この話を?」
 頭を抱えそうになるのをこらえ、必死で声をひねり出す。
「こんな話、誰にしたって信じてもらえそうにないと思う。正直今僕も、かなり疑ってる。でも、二階堂さんは僕に話した。それはなんで?」
 反撃のつもりで少し強い口調になる。言い返してくると思ったが、二階堂さんは少し下を向き、静かな声でつぶやいた。
「……あたしだって、こんな話、誰にしても信じてもらえると思ってないよ。ただ、写真部はあたし一人だし、これが本当のことか自分自身で分からなくなってたの。そしたら、写真に祥くんが写ったから、もしかしたら信じてくれるんじゃないかと思って……」
 いつもと正反対のしょげた姿に少し驚いた。なんというか、二階堂さんはそういう人じゃないと思っていた。少なくとも、去年のクラスでの様子を見る限り。
 でも、それとこれとは話が違う。僕はあまり巻き込まれたくない。
 ここを抜け出す言い訳を考えていると、先に二階堂さんが立ち上がった。
「ありがとう、話だけでも訊いてくれて。興味あったら、またこの部屋に来ればあたしいるから」
 その目は少しだけ、悲しそうに見えた。気のせいだとは思うけど。
 とりあえず帰ることを伝え、僕は部屋を出る。
 今は五時を過ぎている。窓の外から少しだけまだ高い太陽がのぞいていた。





 次の日、六月二日。僕は少し不安になっていた。
 冷静に考えてみれば、二階堂さんはああいう性格ではない。なんというか僕が苦手なタイプのはず。つまり、このまま終わるはずがない。根っからの小市民を希望する僕としては、この手の話に巻き込まれるのはつらい。休み時間、いつ二階堂さんが突入して来るか心配だったけど、音沙汰は無かった。
 やっと放課を迎え、僕はすぐにバッグをつかむ。すぐに帰ろう、と思う。
 階段を下りる。二階の踊り場から資料室は目の前。早足をキープし、下駄箱前に到着。
 そこで、放送が鳴った。
「二年二組、市川祥。今すぐ、数学課題を持って職員室の山本まで来なさい」
 やばい。あまりに緊張していて、宿題を出すのを忘れていた。山本先生は厳しい人で、一日でも遅れるとしわがれた声で理由を追求してくる。
 端に寄ってバッグを下ろし、課題を探すが、見当たらない。もしかしたら、机にまだ入っているのかもしれない。
「……しょうがない」
 四階の教室まで行き、ワークブックを持って二階の職員室に行く。帰宅部の僕としては重労働だが、今は時間がない。
 バッグをおいたまま、僕は走り出した。
 
「あれ?」
 ない。課題が。僕の机にも。
 代わりに入っていたのが、国語のノート。そういえば、ワークブックと同じ色をしている。もしかしたら、さっきバッグを探すとき、国語のノートと間違って課題を見逃していたかもしれない。なんてことだ。
 先生の「今すぐ」との言葉が響く。正直、四階まで全力で走ると汗が出てくる。それに加えて冷や汗も出てきたようだ。
 教室に残るクラスメートの驚く顔を尻目に、僕はまた飛び出す。
 階段を一段飛ばしで下りながら、もしバッグにもなかったら、という可能性を考える。そうだ。先に、先生に断っておいた方がいいかもしれない。幸い、職員室は通り道だ。二階まで降りてすぐ。
 そして、二階の踊り場を通り過ぎ、職員室の方向を向いた瞬間。
 時間が止まった気がした。
 なにがあった、ということではない。廊下は閑散としてるし、二階堂さんもいない。
 何だろう、この感覚。既視感――とそのとき、すべてが「繋がった」。
 急いで時計を見る。
 午後四時、二十一分。
 振り返った自分。
 額には汗、急いだような顔。
「…………嘘、だよな」
 僕の脳裏に、昨日の映像が浮かぶ。忘れはしない、未来カメラに写った僕の写真。
 右下の撮影日時には、『2008/06/02 16:21』と刻んであった。
 そう。僕の今のこの格好は、あの写真のとおりだった。

「あれ? 祥くん、どうしたの」
 課題を出した後、僕の足はほぼ無意識に資料室へと向かっていた。ドアを開けると、座っている二階堂さんが目を丸くする。
 僕はどこから話していいか迷ったが、とりあえず今起こった出来事を話した。
 二階堂さんは、昨日のように静かな表情で聞いている。一通り話し終わると、
「やっぱり、本当なんだ。このカメラの能力は」
「うん、僕もだんだんそう思ってきた」
「分かった。わざわざ教えてくれてありがと」
 その言葉に、おもわず僕の心に引っかかっている台詞を口に出した。
「……それでさ、昨日二階堂さんが信じて欲しいって言ってたけど、僕は証拠がないと信じない性質なんだ。だからさ、二階堂さんと一緒に、このカメラを調べられればと思って」
 昨日の二階堂さんの寂しそうな顔。もしかしたら、この出来事を共有できる人が欲しかったのかもと思った。それぐらいなら、まあ。
「どうかな……?」
 そう言ったとたん、目の前の少女の顔がにんまりと笑み崩れる。
「じゃあ! 部活入ってくれるのね!」
 いや、そうは言ってないけど。言い返そうと口を開くが、さらに二階堂さんがかぶせるようにまくし立てる。
「ありがとう! 本当に、部活一人だとできる事に限界があって。まだ委員会の取材計画も立ててないし、市の写真コンクールの候補もまだだし。本当に人手が足りなくて困ってたの。まあそれよりもこのカメラよね!」
 先ほどまでの態度と逆の、「元の」二階堂さんが姿を現す。
「このカメラの謎さえ解ければ、もしかしたらテストの回答まで分かるかも! 早速調査しよう、祥くん」
 まいった。これこそが僕の苦手な二階堂さんの性格。去年のクラスでもリーダーシップを取り、周りをぐんぐん引っ張っていく。別にそれはかまわないけど、この「巻き込む」というのがどうも小市民の僕からすればつらい。この真の性格が目覚めたらまずいと、ずっと注意していたのに。
 もう遅い。ここまできたら、最後まで付き合うしかない。少なくとも未来カメラについて。
 理由は、二階堂さんを止められないからというより、僕が信じると言ってしまったからだ。





 そこからの二階堂さんの行動力はすごかった。
 部活に入る気はないと説明しようとする僕を尻目に、未来カメラについて調査しようと僕を引っ張っていく。どうやら、学校を回って未来カメラの能力をもっと確認するらしい。
 楽しそうな二階堂さんを見て、僕は誤解を解くことをやめた。未来カメラを調べようと言ったのは僕だ。帰宅部である以上、入れないという言い訳も特にない。……もしかしたら、僕もこういうことが楽しいと思っているのかもしれない。
 資料室や廊下など色々な所で彼女はシャッターを切っていく。せっかくなので、僕も撮らせてもらう事にした。
 一階、中央階段前。誰もいない階段のほうを向き、デジカメの上にあるボタンを押す。
 相変わらず無機質な文字で、『2008/06/03 17:10』と右下に表示されている。誰もいないはずの階段には、厚い服を着た用務員さんがなにやら細長いものを持って一階に降りてきている。逆に、二人の女子生徒が階段を上っていて、会釈をしている姿が映っている。なるほど、簡単に言えば明日のこの時間の映像がこれに写っているということか。
 カメラを返すと、二階堂さんは花が咲くような笑顔で、今度は人を撮ってみようと言うが、僕はそれよりも、このカメラの有意義な使い方を思いついた。二階堂さんにそれを提案する。

 外に出ると、まだ五時過ぎと言うこともあり日が差し込んでいた。生徒も何人かいる。
 用があるのは、自転車置き場だ。
「ここで、どうするの?」
 二階堂さんがカメラを持ったまま首をかしげる。僕は思いついたことを言った。
「僕、いつもは自転車なんだけど、雨が降ったらバスで来ることにしているんだ。今日朝の天気予報で見たんだけど、明日は降水確率が四十パーセントという微妙な数字だったから、そんな不確定なものを信用するより、未来カメラを利用しようと思って」
「……あ、なるほど。それで、自転車置き場ね」
 二階堂さんは察しがいい。
「そう。もし朝に雨が降っていたら、僕と同じように自転車で通う人はバスや車で来るだろうから、必然的に自転車の数は少なくなる。つまり、自転車の台数で朝の天気を判断しようと思って」
 バスは決まった時間にしか運行しない。この前も、小雨だと思って自転車をこいでいたら途中から土砂降りに変わりひどい目にあった。ここら辺はきちんと判断しなければならない。
 最初は、今の空模様を撮ればいいと思ったが、それではいけない。今の時間は五時過ぎであるから、今未来カメラを使用して空を撮っても、それは明日の五時過ぎの映像、つまり夕方の天気だ。朝に雨が降って午後から晴れる、なんて場合には使えない。それよりも、自転車の台数のほうが正確だ。
 二階堂さんは僕を褒めながら、自転車置き場を向いて写真を撮った。見せてもらう。
 なるほど、明日は雨らしい。今日はここから見えるだけでも何十台と自転車が止まっているのに、写真の中では、なんと両手で数えるほど。おそらく、朝の早い時間から雨が強く降り、すぐにバスや車だと判断したのだろう。写真の中では晴れていて人の姿も少し見えるから、午後からは晴れるのかもしれない。

 資料室に戻ってくる。
 二階堂さんはアルミラックの下のほうからノートパソコンを取り出し、デジカメをつないで画像の取り込みを始めた。僕はそれを横目で見ながら話をする。
 この未来カメラは、かなり使えると思った。その点では二階堂さんと意見が一致している。
「じゃあさ、白紙のテスト用紙を撮ったら、答えが写るかな」
「……いや、それは難しいと思う。この未来カメラは次の日の映像を撮るものだから、もし試験解答が見たければ、二十四時間後にその試験解答が置かれる所を撮らないといけない。白紙のテスト用紙を撮っても、ただ次の日の机が写るだけだと思うよ」
「そうか、テスト用紙が次の日もそこにないといけないってことだね」
 どうやら未来カメラを使っても成績上位者にはなれないらしい。
 ……いや、ちょっと待て。例えば、こういうのはどうだろう。大学入試で使うセンター試験。その当日の朝、家の床を未来カメラで撮影するとそこには、もしかしたらセンター試験の解答が写るかもしれない。センター試験の全解答は次の日ぐらいに新聞に掲載される。つまりその新聞を次の日の朝、家の床に置くのだ。未来カメラは次の日の映像を写すから、おそらく撮った写真にはその新聞が置いてある様子が写るはずだ。……いやはや、なにやらすごいことになってきた。まあ、解答の量や新聞が届く時間などの問題でそれほどうまくはいかないと思うが、悪くないと思った。推理小説の解決編の様な興奮を抑えきれない。すぐにでも、センター試験の解答が掲載されるのは次の日なのか訊きに行きたい。
 この考えを二階堂さんに話そうとした瞬間、先に彼女が声を上げた。
「あれ?」
「どうしたの」
「この写真、いつ撮ったっけ」
 写真を選んで拡大する。日付は、『2008/06/03 17:00』。僕が階段の写真を撮る十分ほど前だから、二階堂さんが撮っていた写真だろう。資料室前を少し遠巻きに撮った写真だった。しかしこれは――
「……誰だろう、これ」
 そこに写っていたのは、資料室を出てドアを左手で閉めようとしているように見える、全身黒ずくめの男が写っていた。何と顔には強盗が付けるようなマスクまで付けている。右手には、なにやらカメラのようなもの。
「あっ!」
 二階堂さんがまた声を上げる。
「どうしたの、二階堂さん」
「これ、写真部の一眼レフカメラよ」
 アルミラックの最上段を指差す。確かにそこには、写真の男の右手に納まっているのと同じようなカメラが鎮座していた。
 なにやら、嫌な予感がする。元々写真部のカメラを持ち出す、まるで犯罪者のようなマスクの男。しかし、早とちりはいけない。確かめる方法は、そうだ。
 二階堂さんも同じことを考えていたらしい。パソコンに繋がるコネクタからデジカメをはずし、立ち上がってアルミラックに向かう。一眼レフに向かってフラッシュが光った。
 僕も二階堂さんの横からデジカメを覗き込む。
「……やっぱり」
 本来そこにあるはずの一眼レフが、形もない。その後も二階堂さんは資料室を廻って写真を撮り続けたが、一眼レフはどこにも写らなかった。
 推理小説にありそうなシーンだな、と僕は思った。つまり、これは。
「一眼レフが、盗まれた」
 そう言って二階堂さんはいつになく悔しそうな顔をした。





 バスに乗り込む。かなりの学生が乗っていたが、何とか席に腰を下ろした。
 六月三日。天気は昨日の未来カメラの通り、大雨だ。どうやら昨日の夜から降り始めたらしい。
 窓の外を見ながら、昨日の出来事について考えにふける。
 あの後、怒りに震える二階堂さんを何とか抑え、席に座らせた。僕は最初早とちりはいけないと言ったが、どうやら状況証拠からして盗まれたのは確定といって言い。状況証拠といっても未来カメラしかないが。
 栗鼠のように頬を膨らませた二階堂さんは、大きな声で宣言した。
「ぜーったい、この泥棒を捕まえるのよ!」
 こうなったら彼女は止まらない。未来カメラを調べようとしていただけなのに、まさかこんなことにまで巻き込まれるなんて。しかもこれは二階堂さんのせいでなく泥棒のせいだ。
 聞くところには、あの一眼レフはかなり高価な代物らしい。ただ年代物というだけでなく、数年前写真部の先輩がプロの写真家から譲り受けたものらしい。プレミア物、といわれてもあまり僕には実感がわかない。
 どうにかして、事を穏便に抑えられるか、僕はそれだけを考えていた。

 今日は、教師の研究会があるということで、授業は午前中のみで昼食、清掃の後すぐに放課になった。運動部の人たちはここぞとばかりに活動場所に向かって飛び出す。
 あまり気は進まなかったが、僕も行くしかない。静かに、資料室の扉を開けた。
「祥君、遅い!」
「……すいません」
 なぜか敬語になってしまう。というか、いつもの部活時間からすれば早すぎると思うけど。
 頬をぱんぱんに膨らませ仁王立ちしている二階堂さん。頭の上にはプラスチックの防護メガネ、机の上にはどこかで見たようなピンク色のスプレー缶。
「なに、その机の上のやつ」
「護身用のペッパースプレー。家に置いてあったんだけど、まさか使うことになるとは思わなかったわ」
 思わず溜息をついてしまう。あきれることに彼女は、自分の手であの泥棒を捕まえようと考えているらしい。もはや護身用ですらないその武器を右手で握り、二階堂さんは頬にためた空気を吐き出す。その表情が少し可愛く見えた。もちろんその姿をのぞいて。
「まったく、祥くんやる気ないんだから。昨日の名簿作戦もうまく行かなかったし」
「……ぐ」
 それを言われるとつらい。昨日のことを思い出してしまった。

 昨日、五時三十分。一通り資料室を撮り終わり、一眼レフカメラがないことを確認した二階堂さんは、なんと警察に連絡しようとした。慌てて止める。なんといっても、証拠は未来カメラのみだ。まずお巡りさんに未来カメラのことから説明しなくてはならない。信じてもらえるかは五分五分だ。教師もまた同じ。
「二階堂さん、落ち着いて。僕に作戦があるから」
 落ち着かせるために言った虚言だったが、二階堂さんに目敏く見つけられる。
「作戦ってなに?」
 う。本当に何も考えていなかったが、先ほどまでのやり取りから、少し思いついたことがあった。とりあえず、自分の即興の「策」に乗ってみるしかない。
 とりあえず二階堂さんに、一階の事務室に向かおうと言った。
 事務室前。とりあえず確認を行う。
「うん、いつも資料室は、事務室からあたしが鍵を借りて開けるよ」
「じゃあ二階堂さん、不思議に思わなかった? どうしてあの泥棒が、資料室に入ったか」
「……鍵を借りたんでしょ、あたしと同じく」
「僕もそう思う。ってことは、犯人は内部犯ということになる」
 ガラスを割ったり、ピッキングで侵入という可能性もあったが、ガラスのほうは未来カメラで否定された。窓は割れていない。ピッキングなら、犯人が写ったときの写真で道具が写っていないとおかしい。鍵穴に傷もないし、盗まれた後は鍵が閉まっていた。もちろんどちらも、資料室を調べるときに未来カメラでドアの両側を撮ったことで分かった。
 つまり犯人は、僕らと同じく事務室で鍵を借り、カメラを盗んだ後ドアに鍵をかけて返却した、ということになる。よって、事務室で鍵を借りられない外部の人が犯人、ということはない。
「そこまではあたしも分かるけど。あたしたちが事務室に来てどうするの」
 いや、犯人が事務室に来た、というのは重要な情報だと思う。
「せっかくカメラがあるんだから、使わないと損だよ」
 事務室に入り、鍵がかかっている壁の前に来る。事務の人が訝しげな目を向けるが、生徒と分かるとすぐに机に戻る。
 この学校の鍵を借りる方法は、他の大部分の学校と同じく、名簿に学年・クラス・名前、鍵を借りる教室と借りた時間を書いて借りる。先生の場合も同じく名前を書く。返すときはその横の返却時間の欄に書き込む。ちなみに、重要な物がある教室は生徒が借りられないので、先生に開けてもらうしかない。
 名簿の上でカメラを取り出したのを見て、二階堂さんは理解したようだった。
「……なるほど、名簿の名前ね」
 僕は頷いて同意を示した。
 資料室の鍵を借りたのが内部の人であれば、誰であろうとこの名簿に書かなければならない。名簿を見ると、資料室は毎日二階堂さんが借りていることが一目で分かる。しかし明日の六月三日、二階堂さん以外の人が鍵を開けたとすると、ここにその名前があるのは当然だ。そう、それを確かめるには、未来カメラを使えばいい。
 小声で二階堂さんに壁になってカメラを隠すよう指示して、僕は名簿を撮影する。もちろんフラッシュなしで。二階堂さんが、女の子を壁って言うのはどうか、なんて言っているがあえて気にしない。
 いかにも鍵を借りたように演技して事務室を出る。廊下ですぐに撮った写真を表示。二階堂さんも覗き込んで、
「……ないね」
「……ない」
 予想外だ。明日六月三日に借りた生徒はたくさんいるが、資料室は誰にも借りられていない。いや、借りたのは二階堂さんだ。貸し出し時間は十三時二十分。明日は午前授業だったっけ。
 しかし考えてみれば、犯人が鍵を開ける可能性も、二階堂さんが鍵を持っている限りありえないわけだ。これは、もしかして無駄足だったかもしれない。
 二階堂さんは隣で口を尖らせる。
「祥くん、自信満々だったのに外したね」
 なにか負けた気がする。推理を外したワトソン君の気持ちで、僕は顔をしかめた。

 そして今日。犯行時間の五時ちょうどまで僕たちは待たなければいけない。外では運動部の人たちが声を張り上げている。僕はこの前買ってきた推理小説を読み、二階堂さんは宿題をしたり携帯をいじったりしていた。しばらくして、アルミラックからオセロを取り出した。そんなものもあったのか。オセロで二階堂さんに連敗しながら、こんな部活なら悪くないかもなあ、と少しだけ思った。
 そして十六時四十分。とうとう二十分前まで迫った。二階堂さんは立ち上がり、例によってスプレー缶を持って宣言した。
「勝負の時間よ!」
 僕は戦う気は毛頭なかったけど、犯人と鉢合わせるのはいやなので、二階堂さんについて廊下に出た。





 どうやら、二階堂さんの「策」は待ち伏せ作戦のようだ。資料室は二階、西階段と職員室の間に位置している。資料室から見ると死角にある西階段の踊り場に隠れ、犯人が五時に資料室に来たところを捕まえるらしい。ピンク色のスプレー缶を握りしめ、透明な防護メガネを装着し、壁から首を出して資料室をのぞき込んでいる。僕に策が尽きた手前、口出しをするわけにはいかないがこの作戦につきあう気はないので、僕は階段の一段目に腰を下ろした。……少し考えることがある。
 ここ数日で、未来カメラの能力を色々な視点から見てきた。昨日、未来カメラは使えると言ったが、それどころではない。僕には思いつかないが、もっと使用方法を工夫すれば小説の中の未来予知と同じレベルになりそうだ。いや、同じという程度ではない。ここ数日に撮った写真はすべて、間違いなく二十四時間後の映像を映し出している。完璧な未来写真。予言というより予知だ。しかも、的中率は百パーセント。
 ……少し、違和感を覚える。そうだ。この「絶対的中」が、明らかに異質だ。特に一昨日、七月一日の僕の疾走写真。あれが的中していたからこそ僕は未来カメラを信用するようになったが、それは、普通の出来事ではない。僕はあの時、先生に職員室に呼ばれることさえなければ、間違いなく昇降口から外に出て帰宅の途についていたはずだ。僕が課題提出を忘れ、先生があの時間に呼び出しの放送をかけたからこそ、あの写真の状況が完成した。あれは偶然だが、それでも絶対的中だ。
 つまり、未来カメラの「絶対的中」は、僕らがどんなにそれに逆らう行動をとっても、その状況にもっていける、という意味にも取れる。
 そしてこれを未来の状況に適用させると、おかしなことが分かる。今資料室の鍵は二階堂さんが持っている。待ち伏せ作戦は犯人がドアの前に来たときに確保する予定だから、ドアには鍵をかけた。教室の鍵は原則ひとつだから、合鍵は存在しない。つまり、今ドアから入って一眼レフカメラを盗めるのは二階堂さん以外いない事になる。ちなみに二階堂さん犯人説も、彼女は僕の前で背中を向けじっとしているのでアリバイ成立、犯人ではない。二階堂さん、そんなところに立っても隠れ切れてないよ。壁の横からじっと見ていたら犯人にもバレそうな気がする。 
 未来カメラによれば盗まれた午後五時過ぎの部屋の様子は一眼レフの有無以外まったく違っていない。つまりこれは、完全な密室じゃないだろうか? 唯一の入り口であるドアに鍵がかけられ、窓もドアも傷ひとつなく、部屋の様子は変わっていない。鍵は絶対に犯人でない人が持っている。そしてドアの近くには見張り。今のこの状況では誰も一眼レフを盗めないということだ。
 ……違和感の正体はこれ、「矛盾」だ。未来カメラの予知では午後五時ちょうどに犯人がカメラを盗むのに成功し、現実では誰もカメラを盗むことはできないということ。そして一昨日僕が未来カメラに逆らっても写真と同じ状況になったことを考えれば、優先されるのは間違いなく未来カメラの方。カメラは何らかの方法で盗まれ、黒ずくめの男は五時ちょうどに資料室を出る、はず。
 よって結論。僕らがどれほど逆らおうと、カメラは盗まれる。ほぼ言い切っていい。
 しかしこの状況では、犯人はどうやってカメラを盗むのだろう? ……推理小説を読むときの僕の持論。「解答」がおかしいときは「問題」を読み直せ。どこか、問題設定に余計な先入観があるはず。どこか、僕は勘違いをしている。しかしどこが? 
 こういうときは第三者の意見を聞くといいかもしれない。自分の考えを補強するためにも。僕はそこまで考え、まるで雷神のように闘志を燃やす小さな背中に声をかける。
「ねえ、二階堂さ……」
 言い終わらないうちに、背中に衝撃が走る。目の前がぶれ、息が急に吐き出される。そのまま目の前の床が近づいてくるのを感じる。あまりに急なことで、叫びは声にならない。目の前が暗闇に変わる中、そういえば犯人が上から来る状況は考えていなかったな、と思った。

 しばらくして、頬に冷たい感触。徐々に、意識がはっきりしてきた。何分か、何時間か。目を開けると僕の前で二階堂さんも同じように倒れている。
 どうやら後ろから何者かに当て身のようなものを食らわせられたらしい。二人で仲良く踊り場に倒れていた、ということか。誰か通れば起こしてくれそうなものだが、大部分の生徒は部活動中。教師はそれぞれの会議室にいる。通る確率は低いかもしれない。短い時間であれば。
 手足は動く。立ち上がり、すぐに目の前の同級生に駆け寄る。仰向けにして静かに揺すると、二階堂さんも目を開けた。
「大丈夫? 二階堂さん」
「……祥くん」
「よかった、気づいたね」
「……後ろで、物音と、祥くんの声がしたから、振り向こうとしたら、急に背中に何かがぶつかってきて……」
 まだ意識が朦朧としているのか、切れ切れにつぶやく。
「犯人、見た?」
 とりあえず訊いてみる。
「……振り向いたとき、黒い服が少しだけ見えたわ」
 やっぱり。まず間違いなく僕らを気絶したのは犯人だ。次々に高校生を気絶させ放っておくとは。やがてむくりと、二階堂さんは上半身を上げる。
「……今、何時?」
 そうか、時間。携帯を開き、モニタの時計を見る。五時五分。驚くことにほんの少ししか経っていない。誰も通らないのも当然か。それよりも、重要なこと。二階堂さんが先に言う。
「一眼レフは……?」
「ちょっと見てくる。鍵を貸して」
 まだ立ち上がれない二階堂さんから鍵を受け取り、資料室に走る。先にドアノブを回してみるが、やはり鍵は閉まっていた。中に入り、アルミラックに目を走らせる。当然、一眼レフは姿を消していた。
「……くそ、盗まれた」
 二階堂さんも資料室に入ってくる。やっと復活したのだろう、少し悔しそうな顔をしていた。でもとりあえず、僕らが無事だったことを喜ぶべきだっただろう。強盗のマスクをかぶった犯人だから、凶悪犯の可能性もあった。
「具合、大丈夫?」
「なんとか、だけどね」
「財布とか、取られてない?」
「大丈夫、だと思う」
 二階堂さんはポケットを探るが、そこで声を上げた。
「あれ? ……スプレーがない」
 そう言われれば。踊り場に戻ると、ゴーグルは落ちていたが、ペッパースプレーはどこにもない。
「もしかしたら、泥棒が持っていったのかも」
 ペッパースプレーを武器と判断して奪ったのだろうか。……当て身を食らわせる犯人がスプレーごときを脅威に感じるだろうか? 二人で確かめたが、他に盗まれたものはないらしい。
 再び時計を見ると午後五時九分。犯人はもう学校を抜け出した後だろう。しかし不可解だ。全身黒ずくめの男は学校内でなくとも目立つのに、果たして逃げ切れる気なのだろうか。あれでは見つかった時点で通報だ。しかも、ペッパースプレーの件。武器だと思ったら、そこら辺に捨てておけばいい。見当たらないということは、犯人はまだスプレーを持って――
「あ」
 声が漏れ出る。まさか、そんな偶然が。いやしかし、それしかない。
 来た、と思った。圧倒的なひらめきが――来た。次々と、今までのキーワードが浮かんでくる。カメラを盗んだ犯人、黒ずくめの服装、階段の上から来たこと。開かないはずのドア、鍵がまた閉まっていた理由、名簿に載らない名前。ここ三日の僕らの行動、見たことがあるような、ピンク色のペッパースプレー。そして、未来カメラ。すべてが、繋がった。
 二階堂さんが不思議そうな顔で見上げている。僕は叫んだ。
「二階堂さん、カメラ貸して!」
 彼女は上目遣いのまま首をかしげる。
「……いま盗まれた、って言ってるじゃない」
 ああ、もう。今は一秒でも惜しい。
「そうじゃなくて、未来カメラの方!」
 ただならぬ僕の様子に、彼女は急いでアルミラックの二段目に載っていたデジカメを僕に渡す。どうしてこのデジカメを盗まなかったのも、今なら分かる。
 急げ、さっき時計を見たとき午後五時九分だった。「あの写真」を撮ったのは、いつだったか。デジカメを操作し、やがてその写真にたどり着く。
 右下の日付は『2008/06/03 17:10』。場所は、一階の中央階段。二人の女子生徒と、そして――
「二階堂さん、これ見たことない?」
「……あっ!」
 どうして僕があのピンク色のスプレーに既視感を感じたのか。答えは簡単、見たことがあったのだ。しかも、写真で。
 僕が始めて試し撮りした写真。そう、この写真に写っているのは、何食わぬ顔で階段を下りる、厚着をした人。まあこの作業用の制服姿なら、捕まることはないし、まさか下に黒い服を着ているとは誰も思わない。膨らんだポケットには、顔を隠すマスクと、盗んだ戦利品か。それに、左手に持っているもの。これこそが動かぬ証拠。少し薄暗くて分からなかったが、赤くて細長く、まるで、スプレーのよう。
 奇跡のような偶然に、僕は感動すら覚える。適当に撮った写真に、犯人が写っていたなんて。自信満々に、僕は宣言した。
「犯人は、用務員さんだ」





  急いで二人で中央階段に向かう。なんだか、未来カメラに出会ってから走りっぱなしな気がしないでもない。
 職員室前の廊下を通り過ぎたところで、二人の女子生徒とすれ違った。写真の二人。予想が当たっていることに少し喜びを感じながら、中央階段に曲がって階段を駆け下りた。
 時間を見ると、午後五時十一分。やはり、遅かったか。一階の廊下を見渡すが、作業服らしき姿は見当たらない。ここまで来たら、犯人がどこに逃げても僕らでは捕まらないだろう。
 とりあえず廊下を急ぎ足で見回る。二階堂さんも遅れてついてきた。
 僕の頭の中では、推理がほぼ完成していた。用務員さん改め犯人は、おそらく写真部が持つ一眼レフカメラの存在を知っていて、盗もうと考えた。もちろんその価値も知っているのだろう。かといってそのままの姿でいたら顔を覚えられるかもしれない。午後五時の少し前、あらかじめ準備していた黒ずくめの服を着込み、下の階に下りる。そこで二人の生徒を発見、ただならぬ様子から動転して当て身で気絶させ、ペッパースプレーを使われないよう預かっておく。そして資料室に向かい、用務員や事務の人しか使えない「マスターキー」を使用しドアを開けるのだ。
 「仕事」を終えた後、右手にカメラ、左手にスプレー缶とマスターキーを持ってドアを閉めたのが午後五時、写真のあの格好だ。その後近くのトイレにでも隠れ、あらかじめ準備していた作業服を上に着込む。ポケットに強盗マスクと一眼レフカメラを入れたが、スプレー缶はすぐにでも捨てようと思ったのだろう、左手に持ったまま。持ち主はやっと起き上がった頃だろうから見せびらかしても証拠にならない。そう、未来カメラの存在を知らなければ。
 資料室の他の物を盗まないのも、五時十分になっても学校にいたのも、これで説明がつくはずだ。
 しかし、今は推理も役に立たない。これでは、逃げられてしまう。もう少し気絶から早く目が覚めるかひらめきが来るのがもう少し早かったら中央階段で追いついたかもしれないが、今はもういない。
 一階の部屋を大体見て回ったが、姿はない。しかも犯人はマスターキーを持っている。手近な部屋に入り鍵を閉められればどうしようもない。いや、それはないか。誰だって、物を盗んだら逃げるのは外。だめだ、この「問題」の立て方では答えは出ない。問題を簡潔に、要点のみで作り直す。それは、こうだ。
「……見つからない人の姿を見つけるには、どうしたらいい」
 考える。先入観にとらわれてはいけない。単純な方法ではない。どんなイレギュラーな手段でも使うべき。
 ……イレギュラー、とそこで思いつくのはひとつだけ。一度なら偶然だが、二度なら奇跡だろう。賭けてみる価値は、あるか。
 振り向き、二階堂さんにさっきと同じ台詞を言う。
「カメラ、貸して」
 今度は何も言わずに貸してくれた。どうやら信用してくれているらしい。
 午後五時十分以降で撮った写真。特に一階や、校舎の外の景色が写っているもの。……そこで、奇跡が起こった。どれだけの確率でこんなことが起こるだろう。まあ、未来カメラという普通でない状況が関わっているのだ。どんなことがあっても不思議じゃない。
「……あった」
「……あったね」
 二階堂さんも呆然の表情。
 その写真は、僕たちが外で撮った写真だった。時間は『17:20』。場所は、自転車置き場。あの時は自転車にしか興味はなかったので、遠くに写る数人の人影なんて無視していた。部活動に勤しむ何人かの生徒に混じり、その人は写っていた。作業服を着て何食わぬ顔で歩く用務員という職業の、犯人。
 携帯を開く。今は午後五時十二分。どうでもいいが、おそらくスプレー缶を持っていないことから見ても処分した後の姿だろう。だからこれだけ時間がかかっているのだ。
「どうするの?」
 最初犯人を捕まえると宣言していた二階堂さんが放心状態のまま聞いてくる。どう考えても、これは窃盗事件だ。僕らを気絶させたから強盗傷害にすら該当するかもしれない。これはおとなしく、教師を呼ぶべきだろう。あと、警察も。
 よく見ると、二階堂さんの手が震えている。これほどの大ごとになるとは思っていなかっただろう。僕は自然に、手を繋いだ。安心させるように少し強く握ってみると、二階堂さんは少し赤い顔で僕を見上げた。
 彼女の手を引いて職員室に向かいながら、どうやって教師や警察官に信じてもらえるか、僕はそれを考えていた。





 放課のチャイムが鳴り、ホームルームが終わる。いつもと変わらない、日常に戻る。
 荷物を詰め、立ち上がると廊下に出た。どうしようか、本屋にでも寄ろうかと考えながら、僕の足はまた自然に資料室へと向かう。
 こんなに僕が積極的になったのも、未来カメラのせいだ。
 写真部部室のドアを開けると、二階堂さんが顔を上げる。
「やあ」
「……うん」
 どうやら昨日と同じくまだ混乱から抜けていないらしい。よく分からないが、下を向いているその様子から、よく分からないけど落ち込んでいるらしい。まあ昨日の出来事から見ても、仕方が無いことだと思った。僕は最初に来たときと同じように、手近な椅子に座った。

 昨日、あの後職員室に向かい事情を話した。もちろん未来カメラの件は伏せ、一眼レフカメラが盗まれるのを目撃した、ということにした。二階堂さんの行動力もあって何とか信じてもらい、警察に連絡してもらった。
 用務員さんは午後五時二十一分、校門から出ようとしたところで逮捕された。カメラを持っていたから現行犯だ。未来カメラに写った写真は、ちょうど逮捕直前のところだったらしい。その後、僕らは事情聴取やその他の手続きをさせられ、帰るまでかなり時間がかかった。どうやらこの学校の用務員は民間からの起用らしく、学校側は責任を取らない、とのことだった。
 僕一人では、この状況に戸惑ってうまく立ち回れなかっただろう。このときは二階堂さんに助けられた。大人への説明なんかは流石、といったところだった。

 事件は終結したが、僕はあの後、いくつか考えたことがあった。
 まず、用務員さんがカメラを盗んだ理由。二階堂さんに聞くと、デジカメを買う前はいつもあの一眼レフカメラを使っていたらしい。「先生方へのインタビュー」という校内新聞のコラムのため、その一眼レフを使って教師全員を撮影していた、とのことだった。事務員さんや、用務員さんも含めて。おそらくそこで初めて用務員さんが一眼レフに興味を持ったのだろう。
 次に、事務室の鍵の貸し出し名簿の件。あの時名簿に名前がなかったのは、当然用務員さんがマスターキーを持っていたからだ。用務員さんのような人は仕事柄マスターキーを使うから当然名簿に書かない。僕はそれを、「誰も資料室のドアを開けられない」という意味に解釈してしまったから、推理のときに矛盾が起きた。資料室を開けられる鍵がひとつ、というのが先入観だったわけだ。
 こうやって見ると事件に関してはもっと事実がありそうだが、それは僕が解決することでもない。
 もうひとつ。これは、事件とはあまり関係ない個人的なことだ。正直言って、僕が帰宅部なのは、本を読むのが趣味だから本屋に寄りたい、という理由だ。でも、未来カメラに関わり、少しでも写真部の活動を体験して、ただ、ほんの少しだけ部活動というのに興味を持った。その理由はもちろん、楽しかったから。……でも、まだその一歩が踏み出せない。だからまだ考えを保留し、こうやって写真部に来たのかもしれない。もちろん、二階堂さんを慰める意味もあったが。

 二階堂さんはほんの少しうつろな、悲しそうな目でぼおっとしている。僕はどうしていいか分からず、アルミラックからデジカメを取った。
 やがて、二階堂さんのほうから話し始めた。
「あたし、少し後悔してる」
 僕のほうを見る。僕はスイッチを押し、資料室のどこを撮ろうか考えながら、無言で次の言葉を待つ。
「祥くんも分かるでしょう? あたしの悪い癖。どうしても、他の人を巻き込んじゃう。今までは特に気にしてなかったけど、今回、祥くんを引っ張りまわしたら、あんなに大変な事件に関わらせちゃった」
 前に見た、静かな感じの二階堂さんを思い出す。もしかしたらこれが、彼女の一面なのかもしれない。
「そんなの、気にしなくてもいいって。僕だって、楽しいと思っていたんだから」
「……ありがと」
 寂しげに微笑む。僕は適当に斜めを向いてシャッターボタンを押す。どうしても、目を合わせられない。ちらりと見ると、二階堂さんの頬は少しだけ赤くなっていた。
「もう一度、今度はホントの気持ちで言うね。あたしは部活を一人でやってて楽しかったけど、祥くんと未来カメラを調べるの、本当に面白かった。だからさ、祥くんがもしよければ……写真部に、入らない?」
 僕はカメラの画面から目が離せない。その様子を勘違いしたのか、二階堂さんが言葉を継ぐ。
「あの、前みたいに強制とかそういうのじゃないから、無理にじゃなくていいんだけど……」
「……いや、入るよ」
 僕の返事に、二階堂さんは驚く。僕は黙って、カメラを差し出した。僕の顔も、赤くなっているだろうなと思った。
 二階堂さんが未来カメラに写る写真を見て、嬉しそうに微笑んだ。
 カメラの画面には、資料室で楽しそうに活動をする、僕と二階堂さんの未来の姿が写っていた。

おわり


INFORMATION
AERIAL FUTURE(義里カズ公式):http://aerial.kitunebi.com/
 活動報告、プロジェクト、短編掲載など。

この小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

本ページの文章コンテンツの著作権は義里カズに帰属します。無断で複製、配布等することは法律で禁止されています。