動揺文化祭



 義里カズ


 学校から徒歩十五分のところにある古びた店舗のファミレス。僕らが集まるのは必ずここだと決まっている。

 もっと近いところに、その手のラーメン屋やファミレス、ファーストフード店はあるんだけど、高校生の考えはたいてい似通っていて、どうしても放課後は混む。駅前のハンバーガー店は広くて良いけれど、あそこは体育会系の縄張りで、僕らのようなひ弱な文化部は少しばかり近寄りづらい。そんなわけで、多少遠くても、そして多少ボロい店構えでも、僕らは集合する。

 三年生にもなると、受験が近づいて、学校のイベントからは遠のく。『なぜ未来を見ないんだ』と教師に前を向かせられ、『なぜおまえは楽しまなかったんだ』と過去の声から責めたてられる。だから、僕ら受験戦士は勉強の折、いつも懐から思い出を取り出して眺める。でもそうやって取り出せるくらい形が残る思い出って、そんなに多くない。

 そして僕の思い出は、このファミレスとそこに向かう書道部のメンバー、それらによって構成されていた。

 あっちのテーブルに連れがいるんで、と僕が指定する。はい分かりました、といつもの愛想のない店員が一礼する。

 秋の日はつるべ落とし。時刻は五時だけどもう外は西日が強く、店の窓にはローラーブラインドがかけられていた。

 右手端のテーブルには、井口《いぐち》が一人所在無げにグラスをもてあそんでいる。

「あれ、ひとり?」

 井口はこちらに気づいて首を傾けて笑い、片手を軽く上げる。いつものニヒルな顔と男らしくない長髪。これでいてかなり生真面目な男で、書道部では副部長を務めている。といっても三年生なのでもう引退だけど。

「やっと来たな。なんか、寒河江《さがえ》ちゃんはなんか荷物家に置いてくるとかってすぐ出ていった」

「家近いんだったはず」

「いいよなあ自転車組は。俺らは電車の時間どころかバスとの兼ね合いも考えないといけないし、面倒」

 井口は隣の市出身で、毎度一時間ほど通学に費やしているらしい。ご苦労様としか言い様がない。

 僕は向かいの席に座り、テーブルの呼び出しボタンを押した。

「今日は長い時間居れるんだ?」

 訊くと井口は首を振る。

「無理無理。今日は親もあっちの駅に迎えに来てくれないだろうから、バスの時間には合わせないと」

「そっか……」

「まあ、できるだけはいる事にする。せっかくの打ち上げだし」

 そう。今日は打ち上げ。僕らの最後になった、文化祭へのささやかな手向けとして。

 店員がこちらに来る。こうやってドリンクバーを頼む機会も、あと何回あるのだろうか、そんなことを思いながら、僕は上着を横に置く。

 今年は文化祭展示として書道部はかなり力を入れた。と、僕達は自負している。

 ホントは二年生に全て任せるべきなのだけど、あいにく二年生の部員は入ってくることがなく、僕たち三年生四人で頑張ることになってしまったのだった。引退は今日の文化祭当日までお預け。進学校としては受験勉強も当然あるわけでスケジュールは過密だったけれど、なんとかなった。楽しかったし。

「でも、今日で終わったんだよな、文化祭」

「そうだよ」

 まだメンバーが集まらないテーブルを挟み、井口と二人で話す。

「もしかしてあれか、明日からはみんなで受験勉強一直線か」

「もしかしなくてもその通り。元々受験生だし。三年生になって文化祭の部活展示やったのなんて僕達くらいしかいないはず」

 井口はため息をついた。

「三年のクラスは適当なポスター展示で終わらせたもんなー。あれじゃ楽しめない」

 そのポスターというのも授業の一環で進めたものであるから、仕事なんてほとんどなかった。クラスメイトはもう文化祭自体に興味がないようで、暇を見つけては単語帳を開く仕事に忙しそうだった。僕も、そのうちそうなる。

 僕らだって勉強していないわけではない。勉強と文化祭という選択肢を両方取り、その代わりに忙しさを貰ったようなものだ。楽しさをただ捨てるのなんて僕は嫌だった、ただそれだけ。それでも、どこか同級生においていかれた気は少しする。

 僕は数時間前までの喧騒を思い出し、テンションを戻す。

「楽しかったね。部活展示。今回力を入れただけあって、お客さんもたくさん来てくれたし」

 井口はにやりと笑い、

「だよな。やっぱり茶道部との合同企画が目立ったと思うね。部長が話を通してくれなかったらうまくいかなかった。皆が楽しんでくれるってのはいいことだって確認したよ」

 と。確かに、あの計画はよかった。茶道部との合同展示と模擬店、簡易習字・筆ペン教室、好きな言葉色紙プレゼント……。どうせ僕たちにとっては最後、部員僅少で廃部という末路を辿るであろう書道部にとってももしかしたらラストイベント。盛り上げるためにみんなで力を入れた。

 展示は九時から十五時まで。そこから片付けをして、後夜祭に軽く顔を出して、そしていまここで打ち上げの準備。これだけのハードスケジュールをよくこなせた。

 疲れはしたけど。それでも、楽しかった、と確信を持って言える。それだけで、よかったのだと思う。

 ぐだぐだと話しているうちに、寒河江ちゃんが来た。

「ごめんごめん、あたし荷物多かったから置いてきたぁ」

「お疲れ」

「うわ、ずりい、私服に着替えてるし。これだから自転車組は」

 嘆く井口の横に座り、店員を呼ぶ寒河江ちゃん。書道部三人目となる女子メンバー。『運動部にいると自分の鈍さに耐えられなくなる』という理由で転部してきたのだけど、元々書道部が一番の場所ではなかったのかというくらい字が上手く、ある意味エース的な存在。背が小さくぬいぐるみのようにひょこひょこしていて、いつも七重部長に頭を撫でられている。そういう意味ではマスコット的存在のほうが近いかもしれない。

 ドリンクバー追加を頼み終え、首をかしげる彼女。カールした長い髪が揺れる。

「あれ、部長はぁ?」

「え、寒河江ちゃんも知らないの」

 僕も気になっていた。この場に七重部長の姿がない。あの几帳面さなら一番に来ていてもおかしくないのに。

 井口は髪をかきあげる。

「俺も知らない。たしか今日予定あるとかいってた気がするぞ」

「文化祭終わったのに? 後夜祭とかかなぁ」

 まあ、このテーブルにいつも四人揃うかといえばそうでもないんだけど。井口は遠方出身だし部長は規則厳守だし。

 せっかくの打ち上げだから、来ないなら連絡くらいくれそうなものだ。

 七重《ななえ》部長。書道部を率いる四人目のメンバー。クールな女子というよりむしろ女傑という言葉さえ似合うように感じる。すらりとした背に、短く切った髪。あまりに行動が精密なので、こういう連絡なし状態は珍しい。

 店員がコップを持ってくると、寒河江ちゃんがそれを顔の前に持ち上げる。

「七重ちゃん来るかわかんないし、もう乾杯しない? あたし喉かわいちゃって」

「そうだな、先飲み食いしてても部長は怒んないだろ」

 反論はない。七重部長だってなにか急用があったのかもしれないし、無理に呼び出すわけにも行かない。もともとこの四人は無理に縛ってこないというか、行動を強制することがない。そんな自由な関係が僕にとっては心地よく、いつもこうしてぐだぐだと付き合うのはそこに理由がある。

 三人でコップを掲げる。

「口上。部長いないから副部長だね」

「え、俺かよ」

「当然当然。僕たち平社員だし」

「あー分かったよ。……はい、文化祭の成功を祝って、それと受験シーズン本格突入を恨んで。乾杯!」

 グラスが三回、静かに音を立てた。

 文化祭中はほとんど昼食休憩などなかったので、お腹が空いていた。ついついフライドポテトをつまむ手が進む。寒河江ちゃんはワッフルプレート。井口にいたってはミートソースを頼む始末。

 フォークを振る井口が首をかしげる。

「結局さ、なんで部長来ないんだ」

「急用とか?」

「いや、それだったら連絡のひとつも寄越すじゃん。あの部長だぜ。この前なんか自分が風邪で学校休んでるのに部員皆に連絡寄越しただろ」

 確かにそんなことがあった。七重部長、彼女は責任を持ちたがるというか、そういうことに対し真摯な性格だ。こういう集まりに関しても、出れないときは大抵その理由を話している。

「寒河江ちゃんは部長に何か聞いたの?」

「うーん。文化祭中忙しそうにしてて、その時に『大事な用がある』って言ってたぁ。うちらの打ち上げとか頭から飛んだのかも」

 井口が同意を示す。

「それそれ、『大事な用事』。そう言ってた。あの部長が内容隠すのが珍しいなって覚えてたんだよ」

 僕は顔をしかめる。

「そりゃあだれだってそんな用事はあるだろう」

「そうだよ。うら若き女子なんですからぁ、あたしも七重ちゃんも」

 もともとこの部活は男子二人女子二人であるから、意見の分かれっぷりがいろいろ激しい。それも陣営は毎回ごちゃごちゃ。それでもここまでやってこれたのは、部活動の持つ魔力なのだろうか。

 引っ掛かったことがあったので、口に出してみる。

「そういえば、最近七重部長の様子変じゃなかった? なんとなく、なんだけど」

 テーブル向かいの二人の顔は疑問の色。

「そうだったか? 俺にはさっぱり。今日くらいだな、おかしく見えたのは」

「うーん……」

 唸りながらワッフルをナイフでさくさく切る寒河江ちゃんが思い出したように言う。

「あぁ、そういえば七重ちゃん、一週間前くらいになんか言ってた。その辺りじゃないかな、変に感じたところは」

「なんか?」

「うん。なんか珍しく遠くを見るような表情で、『重要な選択と文化祭が重なって参るよ』ってあたしに言ったの」

 重要な選択。なんだろう。『文化祭と重なる』ということは、その選択するのが今日という意味なのだろうか。

 ええと。重要な選択というと。

「受験とかかな」

「いやいや、部長は推薦っしょ。倍率から言ってもう決まったものだって言っていたはず」

 そうだっけ。確かに七重部長は夏期講習で顔を合わせる機会が少なかった。学校推薦およびAO推薦組は面接や小論文の練習が多いと聞くし、僕らほど勉強に費やさなくていいのだろう。それに受験なら、別に今日選択しなければいけないということもない。

 なら、その選択とはなんだったんだろう。彼女が変に見えた理由も。

 ミートソースを食べ終わるあたりで、井口が思い出したように言う。

「部長がおかしいといえば、今日の午前だ」

「午前?」

「文化祭一般入場始まった辺り。俺は習字教室のほうを受け持ってたけど、たしか茶道部合同企画の材料が足りないとかで、部長がこっちの方にきたんだよな」

「それで?」

「こっちの教室に予備の材料はないからすぐ別のところに行こうとしてたんだけど、その後茶道部部長も教室に来て。そんとき部長かなり動揺してた。言い訳っぽく話す部長なんて初めて見たぜ」

 へえ、七重部長の動揺。確かにそれは見てみたいかもしれない。クールすぎてそんな姿を見せることはめったにないのだ。

「ああ、それならあたしもわかる」

 と、寒河江ちゃん。

「合同計画やるわけだからさぁ、当然のように茶道部と打ち合わせが何回もあったんだよね。なんかその時、茶道部の部長と会うと七重ちゃんがどことなくぎこちなかった」

「なんだろう。七重部長って見知らぬ相手だと動揺する、とか?」

「そんな内弁慶でもないはずだけど」

 なぜだろう。

 相手側の茶道部の部長。僕は別のクラスであまり交流がなかったけれど、細い眼鏡をかけた理知的な印象だった。とりあえずそれ以上の情報はない。

 ……そうだ。僕が思い当たるところ。七重部長のことを『変』だと思ったときを回想する。

 それは文化祭前日、展示教室にて。

 宣伝ポスターを貼るために手分けして校舎をまわっていた僕達。テープがなくなって僕だけ教室に戻ると、そこには奈々枝部長がいた。

「あれ、七重部長? ポスター終わり?」

 声をかけると、彼女は驚いたように振り向く。ショートカットがゆれる。体勢が崩れ、椅子が大きな音を立てた。

「……だ、大丈夫?」

「あ、ああ。なんでも。ない」

 狼狽を苦笑いで隠す七重部長。右手には便箋のような紙。

 どこか変だとは思ったけれど、僕は特に気にせず、教壇の箱からセロテープの替えを取り出した。

「な、ちょっと聞いても、いい?」

「ん、なに、部長?」

「いや、大したことじゃないんだけどさ……」

 歯切れが悪いというか、そういう前置きをする彼女も珍しい。

 そしてかすかに声を絞り出す。

「相手から手紙が来たとして、それがあまりに重要なことだったら、その返事を直接会って返す、っていうのはありなこと?」

 突然の抽象的質問。よく分からない。

「なに手紙って?」

「いや、たとえばの話さ」

 ふうん。もしや右手の便箋が関係しているのかと思ったけれどそのへんには踏み込まない。

 僕は腕を組む。

「……返事の内容にもよるし、相手の気持ちにもよるよね。重要なものなら確実に伝えるべきだろうし」

「そうか、うん……そうだな。ありがとう。よく分かった」

 あまりに適当な回答でも満足してくれたようだ。彼女も落ち着いたようで、くすりと笑う。

「助かった。そうだな、代わりにそっちの相談にも乗ってあげよう」

 そんな出来事があった、と、井口と寒河江ちゃんに話すと、二人とも首を傾げた。

「それが?」

「いや、七重部長がおかしかったって僕が思ったのはその時ってこと。いま思えばかなり動揺してたし、質問も訳分からないし」

 むー、と寒河江ちゃんが可愛く唸る。

「なんかさっきから、七重ちゃんの挙動不審っぷりしかわからない」

 確かに。

 井口の方は頭をおさえていた。なにやら考えている様子で、

「……なんか、分かった気がする。手紙、だろ」

「へ?」

「俺にもきてないし、おまえには相談していた。ってことは二人とも除外される。なら……」

「ねえ井口君、なに言ってるの?」

 しばらくして、井口は我が意を得たとばかりににやりと笑みを浮かべた。

「そういうことか! いやー、なるほどね」

「何を一人で納得してるんだ。いったいどういうこと」

「今の全部の話を集めれば大体察しはつく。さ、俺は電車の時間だから」

 つられて時計を見ると六時前。もうこんな時間か。

 お疲れ様、とバックを背負い席を立つ井口。去り際、僕のほうに口を寄せた。

「……ヒントは、部長。おまえも頑張れ」

「は?」

「じゃーな。また学校で」

 残された僕と寒河江ちゃんの前には、疑問だけが残った。そんな気がする。

「井口君、最後なんていってたの?」

「いや、『ヒントは部長』って」

「部長? それはヒントじゃなくて本人のことじゃん」

 その通り。なんの道しるべにもなっていない。まったくヒントならもう少し分かりやすくしてほしいものだ。

 つい居心地が悪くなり、僕は立ち上がる。

「ドリンクバー汲んでくる」

「うん」

 ドリンクコーナーに一人で向かい、やっと息をつく。三人以上だといつも大丈夫だけど、どうしても寒河江ちゃんと二人きりだと鼓動が早くなる。想い始めてから未だに慣れない。他の異性だとこんなことはないのに。これじゃ挙動不審だ。

 ……挙動不審?

 自分の思考に疑問を呈す。その言葉、七重部長のエピソードでも出てきた。

 井口に倣い、全部の話をもう一度思い出す。

 一週間前から変な七重部長。

 『選択が文化祭の日と重なる』

 前日、僕との変な質問。持っていた手紙。

 『重要なことなら、直接会って答えを返す』

 今日の午前、井口の横で茶道部部長との会話に動揺していた時。

 そして今、彼女は僕達の元にいない。まるでそれよりも重要な用事があるように。

 さらに、『挙動不審』。

 僕はコップを持って、テーブルに戻る。座ってすぐに、寒河江ちゃんに切り出す。

「僕もわかった。たぶん」

 ぽかんとする寒河江ちゃん。また話に置いていかれると思ったのか、身を乗り出して訊いてくる。

「どういうこと?」 

 今からする話に、顔が赤くなる自分を確信する。動揺。まるで七重部長のように。

「たぶん、告白されたんだ」

「……はい?」

「だから、七重部長。一週間前から動揺していて、その選択は今日。それって、ずっと悩んでたんじゃないかな。誰かに告白されて、その返事の内容に」

 彼女が悩んでいるかどうかは分からなかった。それでも僕らは彼女に対して先入観ばかり持っている気がする。だから思いつかなかった。

「僕と七重部長のときの会話。『手紙がきて、それが大事なことだったら、直接会って話すべきか』これって、そのままだ。おそらく一週間ほど前、七重部長に対しあまりに重要な手紙が来た。その返事が今日ってわけ。だから今日は打ち上げに来てない」

「ちょっと待ってよ。どうしてそれが告白なの? 手紙の内容なんてなんでもありじゃん」

 僕も、そう思った。

 もし告白でも、相手は無限。僕はないとしても、クラスメイトはいくらでもいるしもしかしたら井口だってあり得る。

 それでも僕達にはヒントがある。

 ヒントは部長。

 一見ヒントになっていないけれど、もしこれが鍵だとすれば。これは七重部長を表すものではない。

 これは僕達の部長のことではない。茶道部の部長だ。

「七重部長は動揺していた。告白に対しどう答えるべきか迷っていたんだ。でもそれなら、この一週間ずっと挙動不審でいたはず。だけど実際は、七重部長の動揺にぶれがあった」

「ぶれ?」

「井口の話。午前に茶道部の部長が来て動揺してた、ってところ。ただの手続きなんだから動揺するはずなんてないのに、変だと思わない? あくまでこれは予想だけど、告白した主は茶道部部長なんじゃないかな」

 だから、文化祭準備の時に動揺が多かった。合同企画打ち合わせのときに仲良くなったのか、その辺は知らないけれど。

 告白の主はそれ以外の人ではないはず。それだったら動揺する場所がおかしい。少なくとも、気になる人の前でなければ挙動不審になんてなるわけがないのだ。

 寒河江ちゃんは呆然としたように呟く。

「じゃあ、今日は……」

「そう。告白の返事をする日。重要な選択ってそのこと。そりゃあ、打ち上げよりも重要だよね。僕らに連絡もしづらい内容だし」

 文化祭の時に回答を求める。茶道部部長を僕はあまり知らないけれど、文化祭準備で話をするようになって告白し文化祭当日にその返事を訊くというのは、粋な演出だとは思う。

 上手くいくかは知らないけれど。それでも、七重部長があれだけ動揺していたのだから、少なくとも悪くは思っていないのかもしれない。

 寒河江ちゃんも納得したみたいだけれど、ふざけて怒ったような声を出す。

「女の子同士なんだし、あたしには相談してくれたっていいじゃない!」

 まあ、それも確かに。

 フライドポテトも片付き、寒河江ちゃんと二人でゆっくり話す。やっと僕の動揺も収まってきた。

 秋の日はつるべ落とし、もう外は暗くなっていて、いくら家が近いといっても早く帰らなければならないだろう。

 気になる人の前では動揺する。僕にとってのヒントはそこだった。分かるよ、七重部長、その気持ち。

 寒河江ちゃんの幸せそうな笑顔。当たり前だ、好きな人の前ではどきどきする。何もかも忘れてしまいそうになるくらいに。

 井口の今日の最後の言葉。

『お前も頑張れ』

 いつか僕も、寒河江ちゃんに、告白するべきなのだろうか。

 もともと、ずっと心に秘めたままでもいいと思っていた。それでも、七重部長のエピソードを聞いて、少しばかり動揺した。

 あと半年、卒業まで少ししかないとしても。進路だってある。未来だってある。選択なんて、どうにでもなる。

 それが、あまりに重要な選択だったとしても。

「受験勉強、頑張ろうね」

「うん」

文化祭前日、七重部長との会話回想の続き。

「助かった。そうだな、代わりにそっちの相談にも乗ってあげよう」

 そんなことをいう七重部長。僕は、何もないと返そうとしたのに、加えて彼女のほうが突っ込んでくる。

「寒河江ちゃんのこと。……いつ、伝えるの?」

 感づいているんだもんな。まったく、部長にはかなわない。まあ井口も知っていることだし、気づいていないのは当人くらいのものだ。

 僕は教室の床に目を落とし、考える。あと半年。いまさら彼女に告白したって。そんなことを思うけれど。

 努めて明るく、顔を上げる。

「卒業までには、けりをつけるよ」

「……そう。余計なお世話だったみたいだね」

「いや。訊いてくれるのは助かる」

 七重部長はくすりと笑う。

「いい加減、赤面症なおした方がいいよ。寒河江ちゃんの話になったときとか、寒河江ちゃんと会ったときとか」

「え、僕? そんなに?」

 頷く七重部長に、僕は苦笑するしかない。

「ねえ、なに苦笑いしてるの?」

 寒河江ちゃんの質問にどう答えようか迷いながら、僕は顔が赤くならないよう必死に願っていた。

                 おわり


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